生き易さの思考法

心の拠り所を自分にする生き方。自分が喜こぶ事が人生の醍醐味なのかも

こんきちです。

先日大学時代の友人に会いました。

  • 会社行きたくない
  • 会社爆発して欲しい
  • なんで上手くいかないの
  • お休みだけが救い、それ以外は地獄
  • 社会、しんどい

みんなこう言ってました。誰もが1度は口にする会社の愚痴です。

組織で働くってやっぱりしんどいです。色々な人に気を遣いながら、理不尽に怒られたりしながら働くって辛いです。

私も会社員だった時はしんどくて、会社の愚痴ばかり言っていました。そして、同時に当時はいつも心は虚しくて、何処かに行ってしまいたい、何処かに帰りたいとどんより思っていました。

今思うと何か日々を生きる為の「心の拠り所」を他に求めていたのかもと思います。それで改めて、色々と考える事があったので今回は記事に想いを綴っておこうと思います。

人は想像と現実のギャップに苦しむ

人って「こうあって欲しい、こうだろう」と自分が思っていた事と現実が違うと、そのギャップに苦しむんだそうです。

普通なら、そのギャップを改善しようと何かしら行動して差を埋めたり、苦しい状況を回避したりします。(動物なら、狩が上手く出来なくて苦しい時は獲物を上手く獲れる様に狩の練習をしたり、強すぎる敵に遭遇したら逃げたりするよね)

でも人間はそう簡単にはいかないです。会社の人間関係が最悪でも、耐えなきゃいけない空気があったり、理不尽な目に遭っても思った事を言えない上下関係があったり・・・。

世の中の「正社員は正義」という固定概念から身体も心もボロボロなのに会社から逃げられずに結果自殺してしまう人がいたり。(死に繋がる位辛いのに動けないなんて・・・動物的に考えたらあり得ないですよね)

人間はギャップがあるのに埋められない、我慢しなきゃとなる場合が多いので、「気持ちの苦しさ」が解消出来ないまま生き続ける人が多いのかもしれないです。

私はずっと「帰りたい」と思っていた

私も会社員になって、色々な壁だったり、理不尽、ギャップにぶち当たり・・・でもその「気持ちの苦しさ」は解消出来ないまま、ただしんどい気持ちで毎日を過ごしていた時期がありました。

そんな当時私は、辛かった時、職場にいる時、家にいる時、いつも何故か『帰りたい』と思っていました。

常に「どこかに帰りたい」って気持ちがあって・・・一体どこに帰りたかったのか分かりませんが、もうずっと帰りたいと思っていました。

それで昔色々調べた事があるのですが、何処かのブログの記事で

人ってどうしようもなく辛い時、怖い時、しんどい時に心の拠り所を求める生き物。

でも「自分にとっての拠り所となるもの」が近くに無い時、人は心の拠り所の絶対的な存在である自分の生まれた場所に帰りたくなるんだよ。

(読んだ記事発見!ここ!→Naverまとめ

という事が書いてあったんですよね。

生まれた場所っていうのは実家の事なのか、母親の事なのか、それとも魂の故郷的な事なのかはわかりませんが・・・読んでいて妙に納得して、なるほどなって思いました。

 

心の拠り所には、家族、恋人、友人、仕事、趣味・・・などありますが、私は当時何が拠り所だったんだろうなと考えると実家の「母親」だった様な気がします。

いつも悩みを聞いてくれて、寄り添った言葉をくれる母親。私にとって、母は自分を「守ってくれる存在」でもありました。

でも、実家は居心地が良いかと言われるとそうじゃなくて。(父親の人生をコントロールしようとしてくる感じの干渉がすごかったので)それに、母親にいつまで縋ってしまう自分も良くないって思っていました。

だから、帰りたいけど帰りたくない、離れたくないけど離れたい場所でした。

だから、本当の意味で落ち着ける心の拠り所である場所は無かったのかもしれませんが・・・やっぱり何かに助けて欲しくて、縋りたくて「何処か遠くに」「帰りたい」と思っていたのかもしれません。

他人を拠り所にすると振り回される

拠り所って多くの人は「他」に求める様に思います。やっぱり、自分が苦しい時は、自分以外の外の何かに助けて欲しい、頼りまくりたい、縋りたいって思うものですよね。

だから悩んだ時は、外に答えを求めてしまうし、信じたくなります。

けれど、外の情報、ネット記事、周囲の意見でも不安を煽る言葉が溢れ、親であっても「こうしろ、ああしろ」とコロコロ色々な事言ってきます。

  • こうしないと幸せになれない
  • 貯蓄はこれくらい無いとダメだ
  • 正社員は幸せ、非正規は不幸だ
  • 〇〇な仕事を選んだ方がいい

でも正社員だから幸せなのか、血圧が低いから健康なのか、非正規だから不幸せで貯金も出来ないのかと考えるとそうじゃないって私は思うんですよね。

実際、知り合いに非正規で働いている人はいますが、月20万とお金貰って割と充実して、楽しそうに暮らしているみたいです。最近では派遣で給与はそんなに高くないけれどしっかり貯金されてる人の書籍も話題になったりしてますし。

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逆に正社員ではたから見たらいいお仕事についてる友人もいますが、人間関係が本当にしんどそうだったり、業務がやたら多くて体を壊してしまっている人もいます。

 

こういう事見てて思うんです。

結局、どうすれば自分が幸せかとか、貯金出来るかとかって、その人その人によって違うし、幸せかどうかは「自分の感じ方」「生き方」次第なんだなって。

外の情報では色々「不安な事」や「こうすべき論」が書かれていますが、それはあくまでその記事を書いた人の「他人の価値観」「客観的に見た何かの記述」であって「私自身の考え」じゃないんですよね。

なのに、「みんながこう言ってるからこうしなきゃなんだな」と他人の軸にすぐに自分を当てはめていってしまう、他人の評価基準に合わせて行ってしまう事に闇が潜んでいる様な気がします。

他人軸、他人評価で何でも決めて行く事って自分で考えなくていいから楽に見えるけれど・・・実はすごく疲れるし、とっても自分の感情が振り回されます。

  • あの人が喜んでくれたから良かった
  • あの人の機嫌が悪いから私も嫌な気分だった
  • あの人が怒っていたから私もイライラした
  • あの人が、あの人が・・・

他人の軸が起点になっているので、他人の言動に振り回されるし、他人の評価で自分が決まるので・・・色々な事に落ち込みます。(しかもその他人も十人十色なのでそれぞれの価値観や機嫌に振り回される)

「他」が良い時は頼りになるし、良い拠り所になります。でも何かのきっかけで、拠り所にしていた「他」の状況が悪化したら、自分自身ではコントロール出来ないし、逆に「他」から自分の人生をコントロールされかねないです。

自分自身を拠り所にする事で見えるもの

私はずっと、多分、他人や自分以外のものに拠り所を見出そうとしてきたし、他人の評価にばかり囚われてきた様に思います。(今も完全に抜け切れてはいないけど)

いつも人と比較して、自分はダメだと落ち込んで、期待外れと言われれば虚しくなって。

生き辛さを軽くする!他者との比較をやめて今を幸せに生きる考え方こんにちは、こんきちです。 私はずっと「我慢しないと幸せになれない」「何かしないと幸せになれるはずがない」みたいな考え方で生きていて、...

でも、比べ始めたらキリがないし、人に合わせていてもキリがないんですよね。それに、こういう比べたり、合わせる生き方って必ずどこかで崩れる時が来るって思います。

だって比較して自分が優位な時、合わせる事が可能な時はいいです。でもそれがいつまで続くかなんて分からないし、ぶっちゃけ・・・絶対にダメになる瞬間って多かれ少なかれやって来ます。

何かが崩れた時、自分じゃなくて他人軸で生きていると「会社や周りのせい」にして、自分以外の誰かに責任転嫁してしまいます。それで周りの元気そうな子を見て嫉妬して落ち込んで・・・。(自分で行動した結果だってどこかで分かってるのに受け入れられなくて、どんどん落ち込む)

そうしたって何も解決しないし、さらに落ち込むだけだって分かっているけど、どんどん落ち込んで行くんです。

 

でも、私はしんどい会社員時代に「私の人生は私が生きるものなんだ」「他人と私の価値観や幸せは違うんだ」「合わせなくても良いんだ」という事に気付いてからはずっと気が楽になりましたし、何というか・・・人生楽しくなりました。

他人の軸で生きない、自分の軸で生きる、他人じゃなくて自分自身を拠り所にするって事は・・・自分を頼りに生きるって事です。そうすると「自分の事」をよく見る様になりましたし、主体的に人生を考える様になりました。

  • 自分は何が好きで嫌いなのか
  • 何を大事にしているのか
  • 何が必要なのか
  • どうやって生きていきたいのか

私は虫が嫌い、人混みが嫌い、忙しいのが嫌い、神社の空気が好き、絵が好き、静かなのが好き、穏やかなのが好き、家が好き、疲れるので人に会うのは週1〜2回が良い、会社勤務は週2、3が良い、心と時間に余裕が欲しい・・・

自分を拠り所にする事で、自分を見つめる事で、「何が自分を作るっているのか」「何が自分で何が嫌なのか」が見えてくる様になりました。

そうやって自分の軸がしっかりしてくると、他人の評価にいちいちぐらつく事も少なくなりました。選択する事も、決める事も、自分の気持ちに素直なものになっていきました。

自分の魂がときめく事をしていくのが人生なのかも

私はそんな気付きのきっかけがあってからは、「自分がなるべくときめく事をしよう」「魂が嬉しいと思う事しよう」と思う様になりました。

そしてたら仕事辞めて、田舎から東京来ちゃってたんですけどね。

 

とはいえ、今でもやっぱり人に言われる事は気になるし、強く引っ張られる事もあります。他人の言葉に従いたくなる時もあります。

でも、昔と違って今は「正直自分はどう思うの?」と立ち止まって考える事が出来る様にはなりました。

だから、何か決めなきゃいけない時に・・・ちょっと自分の中に違和感あったりした時は、自分に問いかけて、ちゃんと考えます。「自分はしたいのかな」「合わせてしまってるだけになってないかな」「ときめきはあるかな」「無理してないかな」って。

 

他人主体から自分主体で生きる様になると、その瞬間から毎日がガラリと違います。初めは自分で決める事に、不安を感じるしちょっと怖いです。

でも、ちゃんと自分の選んだ事が自分にやってくる感覚、自分が決めて自分がこの人生を生きてるんだなって感覚は楽しいし、嬉しいです。色々あるけど、次はこうしてみるか・・・ああしてみよう・・・って次の事を自分の軸で考えられます。選んでいけます。(他人軸の今までは、全てを受けれるしかなかったので)

人生が自分主体になってくると、「これが出来る様になった」「ここはダメだったからこうしよう」「こういう考え方も出来るんだ」・・・と一瞬一瞬が学びという事に気付かされて、何も無駄な事は無いんだなって思います。

 

外にある何か・・・他人、宗教、物、故郷に依存するんじゃなくて、ただ自分自身に依存して、自分自身の「内に在るもの」に帰っていく。人は心の拠り所を求める生き物。だから、何かあった時は自分自身の心に帰る。

自分自身の夢も思いも目指す幸せも、いつも同じものがそこには在る。

自分という拠り所を見つめて、私はこれからもときめく事をしていきたいなって思います。それが人に生まれて、私という人生を生きる意味でもあるって思うので。

最後に一言

何だか長くなっちゃいましたね。

本当の意味で・・・最後の拠り所は結局、自分自身だって私は思います。最終的に決めるのはやっぱり自分だし、その選択を生きるのも自分です。だからこそ自分の感覚や思いに耳を傾けて、魂が喜ぶ事、嬉しい事、ときめく事をやっぱり選んでいきたいです。

だって、自分の人生だから。

最後までお読み頂きましてありがとうございました。

 

 

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